八点鐘の航海日誌                     

熊本の Bar 八点鐘 (現在は営業しておりません)                                                                          毎日が新しい船出… そんな毎日の「航海」を 書き綴ると致しましょう。

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Category :  船長の独り言
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お客様から「メロンのカクテルを作って」って仰せつかりました。
「ハイ!」と答えたもののメロンリキュールは何処にあるのやら…
色で見当つけて一滴舐めてみて「これだ!ホッ…」
ラベルにはMIDORIの文字が書いてあります。

何せ、私がバーテンダーやってたのは40数年前、街にはトリス・バーなんてのがあってトリスウイスキー1杯50円の時代です。

当時と今ではスピリッツもリキユールの数も種類も比較になりません。
呼び名もメロンリキュールはMIDORIに変わり、玉露リキュールは抹茶に変わっています。
当時は酒類の輸入は制限されていました。
全酒類の輸入が自由化されたのは昭和46年ですから私が22歳の時です。
加えて、1ドル380円(昭和49年から360円の固定レート)の為替レート+バカ高い関税が掛る時代ですから、毎日使う洋酒は殆どが国産で、輸入洋酒は洋酒棚のオブジェでした。

リキュールも殆どが国産でサントリーやニッカの製品でした。
例えば、今はホワイトキュラソー=コアントローみたいになってますが、昔は入手困難で精々トリプルセックが手に入れば良い方でした…
サントリーやニッカのリキュールなんて、今じゃ缶詰のカクテルか飲み放題の居酒屋くらいでしか使ってないでしょうなぁ~

シャンパンに至っては、今では何処のBarやレストランでも置いてありますし、殆どの方がお飲みになったことがあると思いますが、私がシャンパンなるものを口にしたのは、或る有名ホテルでコックの真似事をしてた頃に、アメリカ領事がお見えになって飲み残されたのを皆で一口ずつ味見したときです。

そうそう!
レモンやライムも殆どがコンク(濃縮)でした。
私の給料が1万円に満たない時代にレモンは輸入品のSunkist ® のみで1個が百円以上してましたし、ライムに至っては現物を見たことさえありませんでした。
フレッシュのレモンやライムを使ってたのは高級ホテルくらいでした。
その理由は、柑橘類の輸入制限があったからです。
確か、昭和39年に外貨割当から数量割当に移行して少しずつ輸入量が拡大されると共に価格も安くなって今じゃ何時でも何処でも買える訳です。
このブログを読まれてる方の大半はお生まれになっていない時代のことです…

今は、居ながらにして世界の銘酒を味わうことが出来るんですから、バーテンダーもお客様も幸せですなァ~

しかし、歳とってのカムバックは大変です!
惚けの所為で壜と名前が一致せず、覚えた端から忘却の彼方へと消えて行きます。

まぁ~こんな時代錯誤のBarですが、お暇な方と物好きな方は覗いて見て下さい…

当店は、お客様お一人お一人のお時間を大切にお過ごし頂く為に、
私の独断と偏見で大人の男と女のお客様限定とさせて頂きます。
(25歳未満のお客様と7名様以上の団体様はお断りしています)

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